カマン・カレホユック

大村 幸弘 アナトリア考古学研究所長

第28次カマン・カレホユック発掘調査(2013年)

6月24日に開始した第28次カマン・カレホユック発掘調査も、9月6日,出土遺物58点をカマン・カレホユック考古学博物館へ納め終了しました。9月8日、査察官として文化・観光省から派遣されていたプナル・イルマンさんがキャンプを離れ、2ヶ月を超す発掘調査期間中、何一つ事故も無く終了出来たことは何よりでした。

発掘調査で出土した遺物の洗い、選別、撮影、実測等の作業は、カマン・カレホユックの発掘調査終了後、第5次ヤッスホユック発掘調査の遺物整理、クルシェヒル県の遺跡踏査と平行して行っておりますが、これらの作業も3月下旬までには一通り形が付くのではないかと思います。

北区の建築遺構

第28次発掘調査では、北区のXVII, XVIII, XIX, XX, XXXIV区、そしてIV,V, VI, VII区の2カ所で調査を行いました。

前者の発掘区では、IIa層、後期鉄器時代の建築遺構を中心に調査を進めた結果、これまで未解決になっていた問題点をほぼ明らかにすることができました。今シーズンは、XX区の建築遺構と、XXXIV区で検出されていた後期鉄器時代の城塞とが結び付くかを確認することを目的としました。XX区では、炉址を数多く確認しています。炉も同じ場所に数度に渡って同じ形態のものが作られており、それらの周辺からは多くは銅製錬の際に生じたと思われる銅滓が検出されています。また、このXX区の建築遺構内からは、石製の鋳型も出土しています。

カマン・カレホユック2013年

北区

以前の調査で、XX区の西側に位置するV、VI区の発掘区の同位層からも、同形の炉址、銅滓、鋳型が検出されています。このことからも、XX区、その西側のV,VI区には後期鉄器時代の工房があったと考えることができます。

この炉址を含む建築遺構は、その北側に位置する半地下式の建築遺構とほぼ同時期に構築されたもので、その半地下式の建築遺構は、城塞に密着した形で見つかっており、城塞が構築された後、あるいは同時期に構築されたものと考えることができます。

カマン・カレホユック2013年

石製鋳型

IV〜VII区では、IIIc層−アッシリア商業植民地時代、IVa層−中間期、IVb層−前期青銅器時代の発掘調査を行いました。今シーズンも、V〜VII区で検出さているIIIc層の南北に石組みの壁で堅固に構築された建築遺構の取り外しを行いました。ここ数年、このアッシリア商業植民地時代の建築遺構の取り外しを行ってきましたが、それらは数度に渡って改築が繰り返されていることが判ってきております。このIIIc層の増改築が繰り返される過程で、IVa層、IVb層の層が大きく切り崩されていることが東西セクションからも十分に読み取ることができます。特に、V区の東セクションでは、IVa層の火災層がIIIc層の建築が構築された際にカットされた箇所を読み取ることができます。

VI〜VII区にかけては、IIIc層の建築遺構の調査を進めましたが、ここではアッシリア商業植民地時代の建築遺構の取り外しを今シーズンも行いました。ここで明確に判ったことは、IIIc層の建築遺構は、ほぼ同じ建築プランで改築を加えながら数度に渡って構築されたこと、その際にはIV層−前期青銅器時代の建築遺構をかなり掘り込んで建設されたことを読み取ることができました。さらにそれを裏付けることとして、VIII区からはIVa層−中間期、そしてIVb層−前期青銅器時代の遺物、建築遺構等が確認されていると同時に、IV〜V区にかけて見つかっている火災層の続きと考えられる焼土層も確認されています。つまり、IV区からVIII区まで火災層は存在したことになります。IVa層−中間期、そしてIVb層−前期青銅器時代に帰属する火災を切り込む形でIIIc層の文化層が堆積したことになります。

南区の建築遺構

南区ではIa層、IIa層、IIc層、IId層の4文化層の調査を、III、XXV、XXVIII、XXX、XXXII、XLIV、XLVI、XLVII、XLVIII、XLIX、LII、LIII、LV、LVI、LVII、LVIIIの16発掘区で行いました。

南区ではこれまでIa層、Ib層、IIa層、IIc層、IId層、IIIc層が確認されています。これらの層序の中で、現在、IIc層とIId層に焦点を合わせて調査を行っておりますが、今シーズンは、IIc層、IId層の直上に位置し、以前の調査で確認されていたIa層、IIa層の建築遺構の取り外しと発掘を行いました。

カマン・カレホユック2013年

南区

XXVIII区では、Ia層の特徴の一つである半地下式の建築遺構が確認されたと同時に、保存状態不良のIIa層の建築遺構が確認されています。IIa層の建築遺構の床面からはIIa層によく見られるクラテル等の灰色土器を始めとして多くの土器が出土しています。

IIcとIId層の発掘は、XXV, XLVI〜XLIX、LII〜LIII、LV〜LVIII区で調査を行いましたが、XLVIII、LIII区ではIIc層の年代付けられる貯蔵庫、R59とR181が確認されています。東西、南北10メートル前後で矩形を呈しており、壁が石組になっています。昨年の調査ではこの貯蔵庫の床面から小麦が検出されており、施設には穀物が貯蔵されていたことが改めて確認出来ました。どちらの貯蔵庫からもIIc層の特徴のある様式化された鹿の文様付きの彩文土器が出土しており、この遺構がIIc層、あるいはそれより一期古い時期のものではないかと推測をすることができます。

LIII区では、R59が構築される際に削られたIIIc層、つまりアッシリア商業植民地時代の建築遺構の一部と火災層が確認されています。この建築遺構と火災層は、北区の0〜II、XII区等で見つかっているアッシリア商業植民地時代の大形建築遺構の一部と考えられます。

IId層は、アナトリア考古学で『暗黒時代』と呼ばれていた時代です。つまり、この時期は、ヒッタイト帝国が崩壊した後、初期鉄器時代に年代付けられます。今シーズンは、IId層に関して、XXXII、XXXIV、XLVI〜XLVII、LII〜LIII、LV〜LVIII区で調査を行いました。南区のIId層で、少なくとも4建築層が確認されています。これらの建築層は何れも火災を受けているのが一つの特徴としてあげられます。発掘ではその火災層を一枚一枚追う形で調査を進めておりますが、改築、増築等が繰り返し行われていることもあり、かなり複雑な様相を呈しています。

ここ数年の調査で明らかとなっていることは、IIc層の文化はIId層の文化を継承していること、半地下式の建築形態もIId層からIIc層へ強い影響を与えていることを読み取ることができます。また、IIc層、IId層の集落は、北区より南区に集中していることも調査結果から明らかになってきました。つまり、ヒッタイト帝国が崩壊した後の初期鉄器時代に、遺丘の南部に集落を形成したと言えます。

また、IIc層、IId層の建築形態を概観しますと、私的な建築形態と同時に規模から言っても明らかに公的なものと考えられる建築形態も見られるのが特徴としてあげられます。IId層の文化は、IIIa層、ヒッタイト帝国時代の文化を継承して形成されたものか、と言う問題も浮かんできていますが、これまでの調査から、IId層の文化からは、IIIa層の文化的要因は全く検出されていないということです。つまり、IId層の文化は、帝国崩壊後、帝国とは関係なく中央アナトリアに浮上してきた文化と言うことができます。今日まで行ってきた中央アナトリアの遺跡踏査等から、このIId層の文化は中央アナトリアの南側から中央へ入り込んできたのではないかと考えております。

出土遺物

カマン・カレホユック2013年

フィブラ

北区、南区の発掘調査で出土している遺物は、多岐に渡っています。

南区のIa層で出土している遺物には、緑釉の陶片、鉄製品をあげることができます。IIa層からは、彩文土器、青銅製品、鉄製品が出土しています。

青銅製品にはフィブラ、鏃、鉄製品には刀子等が含まれます。北区のIIa層からは多くの金属滓、石製鋳型が確認されています。特に石製鋳型は砂岩から作られており、工房址と思われる遺構内から出土しております。南区のIIc層からは様式化した鹿をモチーフとした彩文土器が数多く出土しています。IId層からは、ナイフ形をした鉄製品を始めとしてこの層序からは比較的数多くの鉄製品、彩文土器が確認されているのが特筆されます。

カマン・カレホユック2013年

鉛製神像

北区のIIIc層からは、青銅製のピン、鉛製神像、土製紡錘車、赤色磨研土器等が出土しています。また、このIIIc直下に位置するIVa層、つまり中間期からは赤色磨研土器と共伴する形で手づくね製の把手付きの小形土器が出土しています。IVb層−前期青銅器時代の層からは無文の手づくね製土器とアリシャル第III様式、インターミディアットの土器片が10点近く出土しました。確認されたアリシャル第III様式土器の彩文様式は、何れも後期に年代付けられるものです。

次年度に向けて

北区で鉄関連資料が確認されておりますが、これらの分析に関しましては帰国後早速行いたいと思っています。その結果を基に来年度の北区の発掘調査は行いたいと考えています。また、IVb層−前期青銅器時代に関してですが、北区のIII〜VIII区の最深部で行う予定です。南区では、IIc層もさることながらIId層を中心に調査を進めて行く予定です。

カマン・カレホユック2013年

カマン・カレホユック遺跡(空撮)

謝辞

カマン・カレホユックの発掘調査は、これまで多くの助成団体から研究助成金、補助金の交付を受けて継続しております。ここに改めて、感謝申し上げます。2013年度に助成頂いた団体は以下の通りです。



第28次カマン・カレホユック発掘調査(2013年)途中経過(2)

カマン・カレホユック2013年

北区

6月24日に本格的に開始した第28次カマン・カレホユック発掘調査も最終段階を迎えたところです。今シーズンも北区と南区の2発掘区で調査を盛んに行なっています。

カマン・カレホユック2013年

北区

カマン・カレホユック2013年

北区

カマン・カレホユック2013年

北区出土土器

北区では、前回の報告でもお知らせしましたように前3千年紀の前期青銅器時代の文化層を中心に調査中です。V区で確認されたピット内から大形の瓶が出土しましたが、その側からは人骨一体も見つかっています。この大形の土器を観察すると、昨年度のヤッスホユックの宮殿址内から出土したものと形態的には類似しています。北区のIV〜VI区で今シーズン出土している土器の多くは手づくね製でロクロ製はほとんど見当たりません。北区のXVIII〜XX区でも調査を進めておりますが、これらの発掘区では後期鉄器時代の建築遺構を中心に発掘を行っております。今回出土した後期鉄器時代の建築遺構と城塞との関わりを解明しようと調査を始めましたが、予想に反して後期鉄器時代の工房址が見つかりました。この中からは金属滓が張り付いた鋳型等が沢山見つかっております。

カマン・カレホユック2013年

北区

南区では前9世紀から前8世紀にかけての第IIc層、そしてその直下の第IId層の調査を進めておりますが、第IId層の文化層が予想以上に分厚く存在しており、確認された5建築層のほとんどが火災を受けていることが明らかとなっています。彩文土器等が数多く出土していますが、今後は第IId層とヒッタイト帝国時代の第IIIa層との関係を明らかにして行きたいと思います。これまでの発掘調査、研究では両層には全く何一つ関連性を見出すことが出来ておりません。明らかに両層間には空白の時代があったのではないかとする仮説も徐々に形成されつつあります。

カマン・カレホユック2013年

南区

カマン・カレホユック2013年

南区

第28次カマン・カレホユック発掘調査は、9月7日に出土遺物をカマン・カレホユック考古学博物館に納め、今シーズンも終わることになっています。(大村幸弘)


第28次カマン・カレホユック発掘調査(2013年)途中経過(1)

6月17日に開始したカマン・カレホユック発掘調査も第六週目に入りました。一時かなりの暑さに見舞われましたが、発掘作業自体は順調に進んでいます。第一週目は発掘区の保護屋根を外す作業、そして発掘区のクリーニング、第二週目の24日から本格的発掘調査に入りました。今シーズンは、北区で『文化編年の構築』、そして南区では『鉄器時代の集落形態の把握』を目的として調査を行っています。

特に、北区ではこの10年第IIIc層、つまりアッシリア商業植民地時代の建築遺構に重点を置いて調査を続けて参りましたが、やっとその調査もほぼ完了しました。第二週目、第三周目に北区V〜VII区で確認されていたアッシリア商業植民地時代−第IIIc層の建築遺構の取り外しを行いました。取り外したと同時に、第IVa層、一部では念願の第IVb層の文化層に入ることが出来ました。つまり、第IVb層はアナトリア考古学で言うところの先史時代になります。土器にしましてもそれまでの轆轤製のものが極端に減少し、手づくね土器が大量に顔を出し始めるのが一つの大きな特徴です。今シーズンは、第IVa層、第IVb層を中心に調査を継続して行う予定です。

カマン・カレホユック2013年

北区

カマン・カレホユック2013年

北区

南区では初期鉄器時代と中期鉄器時代にあたる第IId層と第IIc層の発掘を行っています。特に、これまでアナトリア考古学では『暗黒時代』と呼ばれていた第IId層で5建築層を確認しました。5建築層の多くが火災を受けています。現在、火災層を追う形で第IId層の調査を行っているところです。また、中期鉄器時代に年代付けられる第IIc層の調査では、穀物の収蔵庫と思われる遺構を精査しているところです。

カマン・カレホユック2013年

南区

カマン・カレホユック2013年

南区

出土遺物も土器、青銅製品、鉄製品、鋳型等が出土しています。(大村幸弘)

カマン・カレホユック2013年

北区出土土器

カマン・カレホユック2013年

南区出土土器


第28次カマン・カレホユック発掘調査(2013年)開始

カマン・カレホユック2013年

保護屋根

カマン・カレホユック2013年

保護屋根取り外し作業

第28次カマン・カレホユック発掘調査は、6月17日(月)に開始しました。6月17日から6月22日までの一週間で昨年の調査終了後、北区、南区にかけてあった保護屋根の取り外しを行いました。発掘区に保護屋根をかけていたこともあり、建築遺構の保存状態は予想以上に良好でした。クリーニングは、各発掘区毎に行い、先週末にほぼ終わりました。

カマン・カレホユック2013年

保護屋根

カマン・カレホユック2013年

保護屋根骨組み片付け作業

カマン・カレホユック2013年

南区

今シーズンの発掘調査の目的は、北区で『文化編年の構築』、南区で『鉄器時代の集落形態の把握』の二点です。これらの調査目的は昨年とほぼ同様です。北区の、IV〜VIII区でIIIc層、つまりアッシリア商業植民地時代、IVa層−中間期、IVb層の前期青銅器時代、XIX〜XX区でIIa層、初期鉄器時代のIId層の調査を行う予定です。また、南区では中期鉄器時代のIIc層、初期鉄器時代のIId層の文化について調査を進める予定です。今シーズンもアナトリア考古学研究所のあるチャウルカン村から多くの労働者を採用しましたが、予想以上の応募者があり採用者を絞るのには一苦労してしまいました。6月26日から本格的な発掘に入りましたが、一昨日ぐらいから中央アナトリアも急に気温が上昇し始めております。今日は日中、ついに40度を超しました。暑さとの戦いも始まりました。(大村幸弘)

カマン・カレホユック2013年

北区

カマン・カレホユック2013年

発掘作業